毎日が非常事態✩皆さんのご様子はどうか?いや、イカ?

雑記

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楽太郎 氏
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「関東圏ぱちんこ業界の佐藤浩市」「魅惑の錬金術師(アルケミスト)」「ユーザー、ホール、メーカーその他ぱちんこ業界全域で支持される唯一のブロガーであり超一流動物系匿名アカウント」として名を馳せる陽気でイケイケドンドンなペンギン

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時は1970年代。

地方都市のはずれに生まれたある一人の少女は、夜になるとお布団の中でラジオ放送に耳を傾けていた。

どこのラジオ局のどんな番組かはもう覚えていないが、ただ父親がセットした目盛りが受信するおそらくは相当に遠い場所から送られて来る頼りない電波に乗せて流れる、時に途切れ途切れの楽し気なディスクジョキーのトークで大人の世界に思いを馳せたり、或いはイケてる最新ドラマの主題歌の歌詞をトンボの鉛筆でノートに書き出して覚えたりと、妹と弟が寝静まった夜に独り、そのようにして過ごしていたのであった。

これは私の嫁さんの話であり、彼女曰く「天候がラジオの電波に関係するものなのかは分からないけど、なんか台風の日とかは凄く雑音が混じってた」「でも、オバサンになっても、不思議にその当時の内容とか、結構覚えてるんだよね」「雑音の中から、頑張って必要な情報を聴き取ってた、そういう理由なのかね?」との事であった。

その彼女は今、新型コロナ禍にあって社会も人の心もひどく動揺し生活物資が一時的にとはいえ不足しがちな毎日にあって、年季が入ったFXトレーダーとして要所で適当な利幅を切り取りつつも、トイレットペーパーやらアルコールティシュの詰め替え用やら犬のトイレシーツやらの備蓄を欠かさないようにと、タイミングを見計らって近所のスギ薬局に通っているのであった。

男性の多くはこういう計画的で地道な取り組みは不得手であり、そういった意味で私の生活は彼女の遣り繰り能力と努力によって支えられていると言っても過言ではないのである。

さて、ほぼ毎日フツーに接していて見慣れたもの、ありふれたもの、もっと言えば自分が特に意識しなくても感知し得て尚且つただ流れ去って行くだけ、という物事や風景というものがあり、我々はそのような知覚/認識が自動化された空間と時間を指して「日常」と呼んでいる。

その日常を、在る/有るのが容易ではない、つまり「有難い」と思う事はごく稀であり、仮にそれが特別なものに変わる瞬間があるとすれば突然の事故に遭ったり予期せぬ病に倒れて身体機能の多くを喪失したり、ごく近しい大切な存在と永久的に別れたりといった風な場面が想起されるが、今まさに世界を不気味に覆っているウイルスの脅威はこの日常を破壊し、いや、そうあって当たり前と言う認識を強制的に改変して「非日常」へと転化させたと言えるかと思う。

このような状況下にあって、我々ぱちんこ業界の日常の情景の多くもやはり非日常化した。

当たり前だったモノやコトが特別なそれへと文字通り価値向上したり或いはその逆に優先度等が大きく低下したり、普段は気にならないような事象であっても殊更に際立って目の前に現れて来るようになった。

これは、無理矢理引き合いに出せばシクロフスキーの文学表現手法、またブレヒトによる舞台芸術表現手法として知られる「異化」であると言える。

文学においても舞台芸術においても、それを受容するものとして観客としての「大衆」が想定されている。

もう戻る事のない古き良き時代への憧憬としてか、しぶとくもその再興を目指す人たちにとっては大いなる目標として今でも度々用いられる「大衆娯楽」というものを標榜する我々としては、新型コロナ禍のこの時にあって、

「そもそも、どういう意味で大衆娯楽って言ってたんだっけ?」

「不要不急の外出は避けてと呼び掛けられる状況でのホール営業の在り方とは?」

「余暇産業の我々にとって、休業は選択肢なのか半強制なのか?」

…などといった具合いに、日々色んな物事に対して思いを巡らせる機会が明らかに増えた、という方も多いのではないだろうか。

かく言うこの私も、東日本大震災直後の様子や営業データと比べてみたり、普段よりも一層常連客の遊技風景、特にその表情に着目してホールで過ごす時間が増えている。

もう立派なオッサン世代に入ったせいか、このような状況で思うのは、20~30代の若手業界人の方々におかれては、今の世の中の様子とホール営業の風景を是非ご記憶に留めておいて、決してそれを忘れないで頂きたい、という事である。

今はまだ、自社/自店の営業の現状に対して何故こうでないのか?なぜこんな事をするのか?などと批判的に思うところがあってもそれを実際の業務や社内発言等に反映させる事はなかなかに難しいかと思う。

しかし、綺麗ごとではなく経験的に述べさせて頂けば、普段から様々な物事に対して問題意識を持っていたり、理想と現実が乖離するその原因がどこにあるのか、対策としてどんなものが考え得るのか等を熟慮している者と、そうではなくただ日常を当たり前のようにして漂っているだけの者とでは、勝負所が来た際の初動やその結果に決定的な違いが出る。

だから、という訳でもないが、どうか1日1日を大切にお過ごし下さればと願う次第である。

ぱちんこ業界の各職域におかれては、経営/営業規模の大小に関わらず皆が大変な思いをしている事と思う。

しかし、同時にまた、今回雑談としてお話しして来たように、普段はあまり突き詰めて考えないような物事について思考する絶好の機会であるとも言える。

2020年の春は不幸にも憂いの季節になってしまったが、それでも季節は巡り、必ずやまた平穏な日常が戻って来る、そう信じたい。

雑記

Posted by 楽太郎